皆さんこんにちは!Sailing Stamperウェラード里美がお送りする手作りカードと船上生活レポの世界にようこそ!
9月21日は愛知県知立市で秋葉さんの火祭りがありました。各町内の若衆が手筒花火を手に持って勇敢に火の粉を被る姿は、何度見ても感動します。江戸時代の火事の際、遠州秋葉神社のおふだを付けていた家が火事を免れたことが根本だそうです。秋葉神社が1745年に勧請され秋葉まつりとして昼間は玉箱を担ぎ町内を練り歩き、夜は知立神社で手筒花火が披露されるようになったそうです。さらに翌日は岡崎市にある下駄屋さんを訪ね、母が踊りの草履を修理してもらってきました。城下町の風情を残る商店街の下駄屋さん。日本情緒を満喫した二日間でした。
圧巻の手筒花火
毎年9月中旬の日曜日に行われる「秋葉まつり」。昼間は市内6町(宝町・山町・山屋敷町・中新町・本町・西町)の若衆が玉箱をかつぎ、長持唄を歌いながら威勢よく各町内を練り歩く。夕方になると知立神社に宮入りし、勇壮な手筒花火が披露されるというお祭りです。9歳まで知立市に住んでいて、所属は宝町だったので、お祭りの時は町のはっぴを着て山車を引っ張ったものです。でも火祭りの方は、夜のお祭りだったこともあり当時は行ったことがありませんでした。でも2012年から4年間、主人と共に日本に戻った時、また知立市に住んでいたのでその時初めて火祭りを観に行ったのです。
各町の基地。宝町の基地はここです。このお店、私が物心ついた時からあったなぁ。昔はこんにゃく屋だったと思うけど。
そして、神社へと向かう道の入り口辺りの三差路には、なんと愛知県知事の大村さんご一行がいました!なので、この三差路で各町の行列は必ずぴょんぴょん歩きを披露します。
ローカルケーブルTV局の取材がいました。
ここ、以前はなんだったのか思い出せないぐらい変わってる。こんなおしゃれなカフェがこんな場所にできていたとは。
各町ごとにはっぴが違います。玉箱以外にもこんな小さな山車を出している町もありました。
ここは町内の寄付が多いのかな~派手な感じでしかも行列の人が多い。小若連もいました。
最後の町、中町の行列が通り過ぎる頃には日が暮れてきて、火をともした提灯がとても綺麗でした。ここから神社に向かいます。この辺りは子供の頃、お習字の教室があったので毎週来てましたが、すっごく雰囲気が変わっています。
最初イカ焼きの列に並んでいたんですが、我慢できずとなりの並んでいないサツマイモチップスを買った義妹。この日は弟が東京から帰ってきていたので3人で火祭りを見に来たのです。
境内に流れている小さな川。そこには円形の橋がかかってるのですが、子供の頃はこの橋渡れてたんですけど今は立ち入り禁止です。
こちら側にも屋台が並んでいました。にぎやかな雰囲気で、いいなあ~日本のお祭り情緒たっぷりです。
物凄い勢いで火花が飛び散ります。シューっと大きな音を出して火花が空高く飛び上がります。下で持っている若者たちは火の粉を被っていて熱いと思うんですけどね。でも手を放したらでっかいねずみ花火状態になって観客にも危険が及ぶのでじっと我慢の子です。しかも火薬がおしまいになってくると「ボン」と爆発音とともにそこが抜けるんですよ。この瞬間わかっていても毎回心臓がドキッとして、思わず「わ!」と声が出てしまいます。
神社の目の前に高架の道路ができてしまったので、春のお祭りの山車は一直線で神社に入ることができず迂回していくことになってしまいました。参道は坂道になっていて一番下が神社。春のお祭りの際、山車が大車の年は(高山まつりの山車みたいに大がかりで素晴らしいです。無形文化財に指定されいてる人形浄瑠璃も上演されます。)坂道を若衆が山車を肩に担いで降りていくのが見どころです。そして最後神社の前でドシーンと山車を下ろすと大歓声と拍手が起こるんですよね。でも高架道路になってからは、さらにまた道路をまたぐため反対側に渡るために坂を上っていかなくてはならず、担ぎ手にとってはすごく大変だし、神社の前でゴール!という高揚感もちょっとそがれてしまいます。
参道の一番上には昔からあるあんまき屋さんの小松屋さんがあります。知立のおおあまきというと藤田屋さんが思い浮かびますが、違うんですよ~。本家本元は小松屋さんです。地元民は小松屋さんの方がお好き。テレビの取材や有名人も来ているよう。
すでに夜8時近くになっていたのですが、まだ営業していて、目の前で焼いてくれました。今時1個200円の安さ。しろあんとくろあんと3個づつ買いました。できたてほやほやで熱かったです。
店主と奥さんもかなりな年季が入った人たちなので、近く店じまいをするそうです。草履を修理できる人がますます減ってしまいます。
店内には下駄や草履だけではなく、浴衣や洋服でもピッタリな可愛い草履も売っていました。1200円だったし、普段にビーさんの代わりに履いてもいいなぁと思ったので買っちゃいました。底が畳み素材なので足に気持ちがいいのです。
裏は厚手のスポンジになっているのでクッション性が抜群です。これがたったの1200円なんていいよねぇ。男性用もあったので、主人も欲しいっていうかな?
秋葉さんの火祭りを見ると夏が終わったんだな、という気がします。久しぶりに見ることができてよかったです。
さて、翌日は母の出身の岡崎市に行きました。母は日本舞踊をやっているので普段から草履をはく機会が多く、長年履いている間に最近鼻緒が緩くなってきてしまったものがあったそうです。昔からひいきにしていたお店が、店主の年齢が進み廃業するお店が増えてきていて、草履を直してくれるお店をずっと探していたそうです。で踊りのお師匠さんの紹介で岡崎にある下駄屋さんを紹介してもらいました。岡崎までは実家から車で30分ぐらいなのですが、初めて行くお店だったので、場所はわかっていたみたいですが、一人でいくのはちょっと不安なので私について来てほしいとのこと。でおともしてきました。
この通りには昔ながらのお店がポツンポツンと残っています。岡崎といえば岡崎城、徳川家康が生まれた場所。町の中心に川が流れていて城下町の風情を感じられる場所で私は好きです。
店内には下駄や草履だけではなく、浴衣や洋服でもピッタリな可愛い草履も売っていました。1200円だったし、普段にビーさんの代わりに履いてもいいなぁと思ったので買っちゃいました。底が畳み素材なので足に気持ちがいいのです。
実を言うと修理を待つ間、外国人の男性がお店に入ってきて下駄を探していたんですよね。片言の日本語は話せたのですが、サイズの事でうまく伝わっていなかったので通訳をかって出ました。最初木の本格的な下駄を見ていて、ご本人は着物も持っています、という日本通。でもお店のおばさんが一目見て「この人は下駄は履けないと思う。」ということで、今風の草履を出してきてくれました。草履や下駄、雪駄の場合は履いてみると足の長さとピッタリで、靴のサイズと比べると小さめと感じるんですね。なのでその外国人男性もおばさんが出してきたものがサイズが小さいと思っていたので、私が買ったものを履いて見せて、「こんな風にぴったり、または小さめに見えるのが下駄屋草履は丁度いいんですよ。」と説明しました。すると納得したようで、おばさんが出してきたタイプの濃紺のものをお買い上げとなり、履いていた短パンともぴったりだったので、早速履いて帰られました。その男性も奥さんが日本人なので日本語が少しできていましたが、細かい部分までは理解できておらず、いいタイミングで居合わせました。下駄屋のおばさんも「良かった~。」と安心されていました。
だんだんなくなっていく日本情緒、火祭りは昔よりも賑やかな雰囲気になっていた半面、草履を修理できる履物やさんはどんどん減ってきてるんですよね。でも私が買った草履?靴?はとっても履きやすく洋服と合わせても全然おかしくないので、これからも販売し続けてくれるといいなぁと思いました。
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